理事長メッセージ

地方行政から 地方自治を経て 地方政治の確立へ

日本地方政治学会の設立にあたって

 

 21世紀は「地方の時代」であるとしばしばいわれる。この地方には、二つの意味がある。第一には、「国に対する地方」であり、第二には「都市に対する地方」である。本学会は、この二つの「地方」の結節点を目指して設立されるものである。第一の「国に対する地方」の文脈においては、これまでは「地方分権」という用語が、そして近年では「地域主権」という用語も使用されるようになってきた。また、第二の「都市に対する地方」の文脈では、近年では、地域間の格差の問題がクローズアップされてきたことも記憶に新しい。

 しばしば、「地方の時代」というこの表現は、上記の二つのレベルの「地方」のエンパワーメントにまつわる権限委譲をその方向とするといってよい。

 しかしながら、将来の地方像は、単なる行政権限の委譲だけを要件とするものではないのではない。1949年5月のシャウプ勧告以来、日本の地方は「3割自治」といわれるように、自律的な主体としてはとらえられてこなかった。財源の裏付けも、行政的な権限もないので、そこにおいてはおのずと「地方」の地域の将来のグランドデザインへの自律的な提案もなされず、国任せといった状況があった。そこで、住民が自らの地域の将来をどう選択するかという政治的な選択は存在しないのが通例であった。しかしながら1980年代の後半に端を発し、90年代に活発な議論が展開された地方制度の改革の議論を通じ、1995年から2001年までの第一次分権改革、2002年から6年にかけての三位一体の改革を経る中で、国と地方の関係は見直されることとなった。トップダウン的な「地方分権」とボトムアップ的な「地域主権」、この二つのものが、お互いに補い合った行政のあり方が、地域住民による政治的選択の確立を要請しているのではないだろうか。すなわち、これは将来における自律的な「地方政治」の確立を像として示している。

 政界再編の始期である連立を軸とする93年体制の形成以来、地方政治は自律し始めている。旧来の地方行政や地方自治ではなく、「国政に対する地方」として、「都市に対する地方」として、自律の度合いを高めている。さらに地方の政治的な実践の中でも、地方議会においてマニフェストを掲げる会派や、マニフェストに基づく選挙を行う首長が出現し、その動きを後押ししてきている。こうして国政よりも地方は、より住民に近い目線の中で、これまでの地方行政論、地方自治論の問題対象であったかつての地方のあり方であった単なる「執行の対象」から、住民と協働しながら政策を決定していく地方政治論というあらたな「政治の対象」へと変貌を遂げつつあるのではないだろうか。

 本学会では、そうした問題意識を共有する住民の代表(国会議員、地方議員)、研究者、行政職、事務職、市民、そして報道関係者といった、二つのレベルの「地方」に関心をもつものによって構成され、新たな将来の地方政治像を検討する共通の場を提供することを目的とし、ここに設立するものである。

 

平成23年11月吉日

 

日本地方政治学会・日本地域政治学会理事長

法政大学大学院政策科学研究所所長・教授

 

白鳥 浩